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高松高等裁判所 昭和42年(う)59号 判決

控訴人・検察官・被告人 横山周次 外一名

弁護人 戸田善一郎 外一名

検察官 島岡寛三

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

当審における訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、記録に編綴してある各被告人の弁護人戸田善一郎、同藤川健共同作成名義及び徳島区検察庁検察官正木良信作成名義の各控訴趣意書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

弁護人らの控訴趣意第一点について

論旨は要するに、原判決が、本件「必勝梶原茂嘉」と印刷した文書を公職選挙法一四二条一項にいう「選挙運動のために使用する文書」であると判断したのは、右法条の解釈適用を誤つたものであるというにある。

原判決挙示の各証拠(但し被告人横山周次の検察官に対する供述調書を除く)を総合すると、本件文書は、障子紙大の横約二四糎、縦約八〇糎の白地の洋紙に「必勝梶原嘉茂」と毛筆で墨書した原本をほぼ原型どおりポスター用に印刷して作成したもので、徳島県食糧卸協同組合連合会の理事長あるいは業務部長である被告人両名が共謀の上同県内の食糧卸協同組合を通じて末端の米穀小売販売業者に配布する意図で、昭和四〇年六月四日城東印刷株式会社に注文して約五五〇枚を印刷し、それを同年同月六日徳島商工会議所会議室で開かれた各食糧卸協同組合の理事長、小売組合役員らとの集会において被告人横山周次から、各卸協同組合傘下の小売販売業者に配布するよう、但し外部の人目につかぬ室内に貼るようにして貰いたい旨注意をあたえて、美馬食糧卸協同組合理事長尾方清吉外六名の各卸協同組合の参会者に合計四二八枚位を頒布したものであることが認定できる。しかして公職選挙法一四二条一項にいう「選挙運動のために使用する文書」とは、文書の外形、内容自体からみて選挙運動のために使用すると推知されうる文書をいうのであるが、本件文書はその外形、内容、殊にその文書並に字体の大きさ、上方の必勝の文句、候補者の名前両側にふりがなまでつけてある点からみて、特定の候補者で、全国食糧事業協同組合連合会会長の右梶原茂嘉を当選させるため、選挙人である右尾方清吉らから投票をえ、ないしは右梶原候補に投票をえさせるため右尾方らを勧誘し、ないしは督促、激励する、すなわち選挙運動のために使用する文書であると認めるのが相当である。

所論は本件文書に参議院議員全国区候補等特定の選挙の記載がないので、右梶原候補が特定の公職選挙の候補者であることが明らかといいえないから、本件文書は「選挙運動のために使用する文書」に該当しない旨を主張する。本件文書中に特定の公職選挙を表示する記載がないこと所論のとおりであるが、しかし前記認定のとおり、当該文書が特定候補者の投票をうる等のため使用する文書であることがその外形、内容から明らかである以上、たとえその肩書として、参議院議員全国区候補者という文書が当該文書中に明記されていなくても、右梶原茂嘉の如く全国食糧事業協同組合連合会会長の資格において、昭和二八年以降全国区参議院議員として連続二回当選し、数日をいでずして、第三回目の同選挙に立候補することが周知の事実である者の場合には、これをみた者には、特定選挙が何であるかはたやすく推知できるところであるから、当該文書は単なる職業氏名を印刷したに過ぎない通常の名刺や同法一四六条一項記載の文書図画とは、その類を異にし、同法一四二条一項のいわゆる「選挙運動のために使用する文書」に該当するものと解すべきである。しかして、さような見地からすれば、本件文書の特定選挙が昭和四〇年七月施行の参議院議員選挙であることはもとより明白である。所論はとうてい採用し難い。論旨は理由がない。

弁護人らの控訴趣意第二点について

論旨は要するに、原判決が、被告人横山周次の検察官に対する供述調書を証拠として本件犯行を認定したのは、その任意性について疑のある証拠能力がない証拠を事実認定に供したもので、訴訟手続に法令の違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというにある。

記録を調査し、押収にかかる証第一号と合せて検討するに、原判決が被告人横山周次の検察官に対する供述調書を証拠として本件犯行の事実認定に供していること所論のとおりであるが、右供述調書の記載によれば、担当検察官は押収にかかる証第一号の印刷ポスターを二度横山被告人に示したことになるのにかかわらず、同被告人の供述内容は、第一回目に示されたポスターにつきその文字が墨書されたものとして供述が行なわれているのであつて、かような事態の発生は、右調書中呈示したポスターの証拠番号が後から訂正されている事情に由来する。ところでこの訂正は原審公判廷での担当検察官の証人としての供述によるも、単に呈示したポスターの証拠番号を誤つたことによるのか、進んで呈示ポスター自体に誤があつたためかその間の事情に明確を欠くものがあり、しかもその訂正が右被告人承知の上行なわれたものかの点について必ずしも明白とはいい難いものがあるので、右調書の供述内容については、任意になされたものでない疑が全くないとは断じ難い。しからば右調書を証拠に供した原判決の訴訟手続は法令に違反したものというべきであるが、しかし右調書を除外しても、原判決挙示のその余の証拠によつて原判示事実は十分に認定しうるので、右違法は判決に影響を及ぼすものではない。論旨は理由がない。

弁護人らの控訴趣意第三点について

論旨は要するに、本件文書は、末端の運動員たる小売業者からその作成方を依頼された七つの食糧卸協同組合から、更にその印刷方依頼を受けた県連合会の理事長である被告人横山が右依頼に応じて県連合会の手でそれを印刷したもので、かくて仕上つた文書を中間依頼者の七つの食糧卸協同組合の者が県連合会から持ち帰つたというにとどまるのが本件事案の真相で、原判決が、被告人らが本件文書を頒布したと認定したのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな重大な事実誤認を犯したものであるというにある。

しかしながら、原判決挙示の各証拠(但し被告人横山周次の検察官に対する供述調書を除く)を総合すれば、原判示頒布の事実は優に認定しうるところである。所論は本件文書の印刷が卸協同組合の依頼に基くもので、被告人らの自発的意思によりなされたものではない旨力説するのであるが、記録を調査し、当審における事実取調の結果を参酌して検討するに、原審並に当審公判廷での各被告人及び証人らの供述その他の証拠中には論旨に符合するものがあることは認められるが、これらはいずれも、原判決挙示の前記被告人横山周次の供述調書以外の関係証拠、殊に青木実、河野晴雄、岡沢啓二、佐藤武雄(七月二九日付)の検察官に対する供述調書、被告人らから所論の主張が提出された時期、経過に鑑みとうてい措信し難いものであり、本件文書が選挙事務所或は選挙人間における選挙事務としての単なる連絡文書として配布されたものではなく、選挙人である傘下の末端小売販売業者らに対する選挙運動のため頒布されたものであることは極めて明らかである。したがつて原判決に所論の事実誤認は認められないから論旨は理由がない。

弁護人らの控訴趣意第四点並に検察官の控訴趣意について

各論旨はいずれも原判決の量刑不当を主張するもので、要するに弁護人らの論旨は、本件犯行の態様、殊に法益侵害の結果が殆んど全く発生していない実情に鑑みれば、被告人らに対し罰金刑の執行猶予を言渡さなかつた点で原判決の量刑は重きに過ぎて不当であるというにあり、検察官の論旨は、公職選挙法二五二条一項の法意並に本件犯行が組織を利用した計画的な事前運動で、多数の選挙人に対する違法な投票依頼の所為として悪質な態様のものであるにもかかわらず、被告人らに全く反省改悟の色が認められない点に鑑みれば、原判決が、被告人らに対し公職選挙法二五二条一項の規定を適用しない旨主文で宣告したのは、刑の量定が著しく軽きに失し不当であるというにある。

各所論に鑑み記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌して検討するに、被告人らの本件犯行の罪質、動機及び態様、殊に頒布方法が組織的、計画的で相当多量に及ぶものであることは認められるが、しかしながら、その頒布先はいわば同一系列団体の領域範囲内で、しかも被告人横山から外部の人目につかぬ室内に貼るよう注意をあたえてなされたもので、頒布後数日で県警本部長の意向をただして被告人らは直ちに回収、破棄の手配をし、美馬卸協同組合中二〇枚位を除く全部をその頃焼却処分していること、被告人らの経歴、その他記録に現われた諸般の情状を考慮すると、各被告人を罰金二〇、〇〇〇円、罰金不完納の時は金五〇〇円を一日の割合による換刑処分及び公職選挙法二五二条一項に規定する選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しないとの原判決の量刑はいずれも相当であつて、これを重きに過ぎるとの弁護人らの論旨並に軽きに失するとの検察官の論旨はともにいずれも理由がない。

よつて、刑訴法三九六条、一八一条一項本文、一八二条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 呉屋愛永 裁判官 谷本益繁 裁判官 大石貢二)

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